創立65周年の伝統に裏打ちされた教育を行います。

狭山ヶ丘高等学校は、創立65周年を迎えた進学校です。

本校の生徒は3年間の学びの後、4年制大学への進学を目指しています。生徒たちは難関大学合格を目指し、日々努力しています。入学してくる生徒の質は極めて高く、3年間の努力でより高い次元での目標実現を果たしています。

付属中学校の生徒は6年間の教育プログラムのなかで、着実な進路実現を目指しています。

校訓 「事にあたって意義を感ぜよ」

創立者近藤ちよは、校訓について次のように述べています。

人は、たとえやりたくないことであっても、やるべきこと、やらねばならないことに、どれだけエネルギーを注ぎ込むことができるかによって評価されるのです。日々の学習1つを取り上げても、辛いことや苦しいこと、あまり気乗りしないことなどが少なくないことでしょう。しかし、それらを嫌々ながら行うのではなく、やらねばならない以上、自ら進んで積極的に行おうとすること、それが「事にあたって意義を感じる」ということなのです

『創立者近藤ちよ生誕百周年記念誌 桜梅桃李』より

この校訓により、勉学だけではなく学校生活など様々なことに意義を見出せる、主体的な生徒を育んでいます。

校章

本校の所在地、入間市下藤沢が昔「藤」が自生した沢地であったこと、また創立者「近藤ちよ」の家紋が「下り藤」であることから、その「ゆかりの藤」を図案化したものです。

下部の3枚の葉は、「知育」「体育」「徳育」を象徴しています。

「下り藤」を「上り藤」にしたのは本校が未来に向って進歩、発展、隆盛するようにという思いからです。校章の中に、本校に学ぶ生徒達が藤のように沢山の花をつけ、丈夫な蔓を縦横に伸ばして大樹となるようにという願いが込められています。

高等学校の校章

付属中学校の校章

校歌

創立者 近藤ちよ先生

本学園の創立者である近藤ちよ先生は、昭和25年に飯能高等家政女学校を創設され、昭和35年に狭山ヶ丘高等学校を入間市に開校されました。教育理念である「自己観察教育」を提唱し、実践されました。

沿革

昭和16(1941)

4月近藤ちよが洋裁研究所を開設。

昭和35(1960)

6月武蔵町(現入間市)の現在地へ「学校法人狭山ヶ丘高等学校」として移転開校。

昭和40(1965)

3月NHKの報道番組「現代の映像」に放映され、文部大臣賞を受賞。

昭和47(1972)

4月法人名称を「学校法人狭山ヶ丘学園」とする。

昭和55(1980)

11月創立者近藤ちよ、私学教育振興が認められ、文部大臣賞を受賞。昭和天皇・皇后両陛下に拝謁。

平成8(1996)

9月創設者近藤ちよ逝去。

11月小川義男 校長に就任。木下宏 学園理事長に就任。

平成12(2000)

2月校舎(1号館)完成。

平成16(2004)

1月「あらすじで読む日本の名著」シリーズが累計60万部を突破し、テレビ各局で取り上げられる。

平成21(2009)

1月小川義男校長 著書「名物校長の教育論」(明成社)出版。

平成23(2011)

6月狭山ヶ丘高等学校創立50周年。

平成25(2013)

4月狭山ヶ丘高等学校付属中学校開校。

平成27(2015)

9月創立者近藤ちよ生誕百周年記念誌『桜梅桃李』発行。

平成29(2017)

11月小川義男校長 瑞宝小綬章を受賞。

平成30(2018)

2月ハワイへの修学旅行を実施(~令和2年2月)。

令和2(2020)

6月創立60周年。総合グラウンドに新管理棟「義学館」完成

8月小川義男校長 学園理事長に就任。硬式野球部が独自大会で優勝。

12月前理事長 木下宏氏 逝去。

令和6(2024)

6月女子バレーボール部がインターハイ予選優勝。創部史上初のインターハイ出場。

7月女子バレーボール部がインターハイ出場。決勝トーナメント進出。

11月女子バレーボール部が春高バレー県予選優勝。創部史上初の春高バレー出場決定。

令和7(2025)

1月女子バレーボール部が「第77回全日本バレーボール高等学校選手権」に出場。3回戦で惜敗。全国ベスト16。

令和8(2026)

3月小川義男 学園理事長・校長を退任。

3月齋藤正明理事 学園理事長に就任。

学校史『桜梅桃李 ~創立者近藤ちよ 生誕100周年記念誌~』

創立者近藤ちよ先生の生誕100周年を記念して『桜梅桃李 ~創立者近藤ちよ 生誕100周年記念誌~』を2014年に刊行しました。

創立者近藤ちよ先生の伝記、本校の沿革、教職員の随想・論文など掲載されています。

卒業生のお申し出があれば、本校事務室にて無料でお分けいたします。